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田中 振一朗
スイングの真実を知りたい方に!




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世界の青木誕生スイングヒストリー25

ンガポールオープン最終日、首位発進だった藤本選手は前半にスコアを伸ばせず、後半は-3でラウンドするも、J・ジェーンワタノナンドは-6でラウンドしたので逆転されてしまいました。優勝はジェーンワタノナンドが-18、2位は藤本選手とケーシーが-16、石川選手は通算−1で47位タイフィニッシュでした。

デザートクラシック最終日、午前8時20分現在、試合は進行中で首位はミケルソンとハドウィンとロングが-25(16H)で並んでいます。

青木プロは1978年頃にスイングが完成したということで、その後は世界で活躍しましたが、1983年と1971年を比べると、セットアップでのグリップ位置やスタンス幅、左肘の向きなどが変化していました。

上の図はバックスイングですが、注目してほしいのは右の図です。ここは9時の位置ですが、下の図では左の図が9時の位置です。

二つを比べると、重要な変化はフェースの向きで、1971年はシャットでしたが、1983年はフェースがスクエア、つまり開いています。

こんなに少しのフェースの向きの変化がそれほど重要なのか?と思うかもしれませんが、この変化はスイングの質の逆転と言えるほど大きな変化です。それほど大きな変化、差があるから、なかなか簡単には修正できないのです。青木プロの場合でこの変化のために9年くらいかかったことからも、その修正がどれほど大きな修正かが想像できると思います。

プロであれば、例えばフックグリップにしてボールを打つとか、ウィークグリップにしてボールを打つ、なんていうことは簡単にできます。しかし、アマチュアの方の多くは、グリップを少し変えただけでボールが打てない、だからグリップを変えられないものです。グリップを変えるということは、クラブフェースの動きが変わるので、クラブフェースの動きが少し変わっただけでボールが打てなくなるほど大きな違いが生まれるということが想像できるかもしれません。

これは例えば、トップでシャフトクロスする人が、強引にレイドオフのトップを作っても、ボールを打つことはできないのと同じくらい大きな違いがある、ということでもあります。なので、スイング改造をするということであれば、本質的なことを変える場合、こんなにちょっとのことがとても重要で、しかし、その修正には長い年月がかかる、ということがあるので、できれば初心者の時に大雑把でいいので正しい流れや動きを覚えるのがベストでしょう。

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| コラム | 08:48 | - | - |
世界の青木誕生スイングヒストリー24

ザートクラシック三日目、首位はミケルソンで-22、2位はアダム・ハドウィンが-20です。

シンガポールオープン三日目、首位は藤本選手が通算-13、2位タイは-12のジェーンワタナノンドとフィッツパトリック、二位タイ発進だった石川選手は+2でラウンドし、通算-5で16位タイです。ガルシアも-5、フィールド1位のケーシーは-10で4位タイです。それでは今日も世界の青木誕生スイングヒストリーをお楽しみ下さい・・・

1971年から74年にかけては、主に腰の回転を変えて体でスイングし、フッカーから左へ真っ直ぐ行くスイングになっていました。

上の図は1982年のセットアップです。左腕を見ると、肘が内側を向いています。71年のはセーターを着ていてわからないですが、この頃は左肘が目標を指していたということです。

その他の違いとしては、スタンスの幅が違っていて、71年に比べ82年は狭くなっています。そして、グリップ位置がより体の中央に移動しています。

青木プロは1976年にツアープロとしてのゴルフに開眼し、責め一辺倒のスイングから、精度を重視して我慢のゴルフになりました。そして、1978年の全英では初日首位に立ち、最後まで優勝争いができ、秋には世界マッチプレーで勝ったことで開花したということです。

ということは、64年にプロになり、69年にフェードを習い、78年でやっとフェードヒッターとして完成したことになります。プロになってから14年もの長期にわたり改造し続けて、やっと自信と確信を持ったゴルファーになったわけです。そして、その結果、80年の全米オープンでニクラウスと死闘を演じ、83年には遂に日本人初のUSPGAツアーでのチャンピオンになりました。1957年にゴルフを始めてから26年も改造し続けての栄光だったわけです。

才能と言ってしまえばそれまでですが、世界を目指している人が読んでいるとしたら、世界で戦える人というのは、そういう能力が必ずある、ということを知っておいてほしいですね。

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| コラム | 09:23 | - | - |
世界の青木誕生スイングヒストリー22

週のトーナメントは、デザートクラシック、パームスプリングスで開催されるプロアマです。かつてデュバルが最終日に59を出して逆転優勝した試合です。試合は三つのコースを使って行われるので、観戦するのが大変です。有名人も多く参加するので、予選の中継はプロゴルファーよりもセレブの映像がメインになることが多く、アメリカのセレブをあまり知らない日本人的にはつまらない試合です。しかし、アメリカのセレブに詳しい人にとっては、とても楽しめる試合だと思われます。アマチュアもラウンドできる設定のため、ビッグスコアが出やすい試合ともいえるでしょう。日本人選手は出場していません。

さて、上の図と下の図では、わかりやすい変化があると青木プロ自信が指摘したポイントがあるのですが、それはどこでしょう、というクイズでしたが、考えて頂けたでしょうか?

それは、腰や肩、背骨、ローテーションの違いではない、ということでしたが、そうなるともう残るはここだけなので、誰もがわかったと思いますが、答えは右足です。右足を見ると、71年の方は踵がほとんど浮かず、右足の内側が地面にくっついているのに対し、74年の図では右足の踵が上がっている、ということです。この右足が上がる動きは、腰をその場で回したことの証拠でもある、ということです。

スイング中の右足というのは、スイングのいろんなことを示唆していることが多いので、プロは右足の動きに注目することが多いものです。フィニッシュしても右足踵が上がらないとすれば、それは右手に力が入った証拠であることが多いものです。(そうでない場合もあります)もし、右足に体重が残ってしまうとすれば、それは手打ちの証拠です。右足を強く蹴っているとすれば、右肩が下がってクラブが寝たに違いありません。そんなふうに右足を見るといろんなことがわかるので、一度チェックして、不自然でないか確認してみましょう。

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| コラム | 09:17 | - | - |
世界の青木誕生スイングヒストリー21

週のGOLFWEBTVは、アマチュアの方のスイングでスイングを説明します。アマチュアの方に非常によくあるタイプのスイングなので、参考になると思います。これまでレッスンの経験はなく、YOUTUBEでのいろいろなレッスンを参考に練習してきたそうです。果たして、どんなスイングなのか、お楽しみに!

青木プロは、腰の左へのスエーを修正し、その場回転することでフックを抑えていました。腰の動きは体の軸の動きに直接影響するのでとても重要ということでした。

青木プロは、上の図と下の図で大きく変わったところがあると言ってますが、それはどこかわかりますか?腰のポジションが変わって背骨の傾きも変わっているのですが、それ以外でわかる明確な違いです。

手のローテーションの変化もわかりやすい変化だと思います。71年の方は、ローテーションを抑えることでフックを回避しようとしていますが、74年の方は、ローテーションが増えています。それでいてフックは減っているのです。

青木プロが指摘した明確な変化とは、手や腕でも腰や背骨でもない変化なんですが、ここまで言えば残りは少ないので誰にでもわかるかもしれません。果たして、その変化とは何か?明日まで考えてみてくださいね。

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| コラム | 09:56 | - | - |
世界の青木誕生スイングヒストリー20

日は火曜日なので、世界ランクが更新されています。先週の世界ランクポイント対象試合は全部で2試合、ソニーオープン(50)とアジアの下部ツアーの試合でした。今週の世界トップ10は・・・

というわけで、世界トップ10に変動はありませんでした。勝ったクーチャーは、32位から22位に上昇していました。今週の日本のトップ10は・・・

というわけで、ソニーオープンに参加した選手は全員ランクダウンという結果でした。今回のソニーオープンでは、史上最高の4人が予選通過しましたが、世界でランクを上げるのは、簡単ではないようです。

それでは今日も、そんな大変なソニーオープンで勝った青木プロのスイングヒストリーです。

スイング中の背軸が右に傾くと、プレーンも傾くので、インサイドアウト傾向のスイングでは、それがより強い傾斜となり、大きなミスになります。それを防ぐために背軸の傾斜を抑える目的で、青木プロは腰の動きを変えました。

上の図を見比べると、74年のスイングでは腰が左に突き出ることなく回転しているのがわかると思います。こうすることでインサイドからアッパーに入ってダックフックになることを防いだわけです。スイング中の腰の動きを変えるというのは、並大抵の努力ではできません。レッスンでも、その点を指摘しても、なかなか直らないのが普通です。強靭な意思がなければ不可能と言えるでしょう。たったの3年でこれほどの変化は驚くべきことで、そのことへの執念、絶対に左に行かせない、という強い意識なく、そして、それを生業としている実態がなければ、ほぼ不可能な改造かもしれません。というか、実際にそれを生業としている人であっても、取り組みへの確信なくしては到底無理です。青木プロの場合、それを誰に言われることもなく自分で考えて完成させるところが天才といえるところでしょう。

そんな青木プロでさえ、プロになったころにフェードが打ちたいと思い、それから10年が経過したこの頃でも、まだフェードは完成していませんでした。友人プロにフェードを習ってからでも5年を経過しているのに、まだ完成はしていませんでした。それでもツアーでは13勝もし、73年の賞金ランクは2位でした。

タイガーにしても青木プロにしても、スイング改造をしつつ結果も出す、というところが驚異的なところで、つまり、ラウンド中は「まだまだダメだ」と思いつつ、それでも勝つわけです。それは、最近なら松山選手もそうだと思いますが、そういうレベルの人というのは、完全に納得できるものが得られるまで、決して満足しないもので、青木プロならプロになってからでも12年、タイガーもプロになってからおそらく20年はかかったようです。いやはや大変なことですが、それが理解できる方は、世界レベルの人だと思っていいでしょう。

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| コラム | 08:35 | - | - |
世界の青木誕生スイングヒストリー19

ニーオープンインハワイ最終日、松山選手は11Hを終了時点で通算-7、今平選手は17H終了時点で同じく-7、首位はパトナムが8H終了時点で-17、クーチャーは-16なので、10位は-14なので、松山選手のトップ10はなさそうです。

草野「さて、青木プロは、どうやって軸の傾きを修正したのでしょうか?ということでしたが、回答出そろいました。まずは黒柳さん、「右肩を残した」ということですが・・・」
黒柳「あの、写真見ますとね、肩のラインが変わったので、肩を意識したんじゃないかと思いました。」
草野「なるほど、肩の動きに注目しましたね、続いて真くんは「左肩を水平に」とはどういうことですか?」
野々村「黒柳さんと似てるんですけど、左肩が上がらないようにしたんじゃないかと・・・」
草野「なるほどなるほど、やはり肩の動きに注目ですね。そして坂東さんは「腰をバンッ!」とはどういうことでしょうか?」
坂東「あのね、長嶋さんがよく言ってましたね「腰をバンッ」って、腰を切れっちゅ〜ことですよ、青木さんもそれやったんちゃうかなぁ?ぼくはそう思うね、元プロやからね。」
草野「なるほど、坂東さんは腰に注目ですね。それでは回答です」


ミステリーハンター「それでは今日もまた青木さんご本人に聞いてみましょう。青木さん、一体どうやって直したんですか?」
青木プロの物まねのラビット関根「あのねぇ、ちょっと写真見てほしいのねぇ、左足見てほしいのねぇ、左足比べると腿の部分が前は垂直に近かったでしょ?わかる?74年のは斜めに傾いてるでしょ。これはねぇ。腰をその場で回転させるようにしたのよ、腰をねぇ、その場で回したのねぇ。前は腰が流れちゃってたんだねぇ」
ミステリーハンター「青木さん、ありがとうございます。というわけで、正解は、腰をその場で回すようにした、でした〜」
草野「というわけで、正解は腰をその場で回転させた、でした。腰に注目した坂東さんおまけの正解、他の方は全員ボッシュート〜〜」
坂東「おまけって、大正解やがな、ほんばぼ〜〜」

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| コラム | 12:52 | - | - |
世界の青木誕生スイングヒストリー18

ニーオープンインハワイ三日目、午前9時頃、試合はまだ最終組が6Hをプレー中です。首位はクーチャーが-15、松山、今平選手は−6で25位タイ、稲森選手は-3、星野選手は-1、池田選手と小平選手は予選落ちでした。スピースも予選落ちでした。

昨日は、71年から74年の3年間での変化について、何が変わったか?ということでしたが、考えて頂けたでしょうか?

上下の図は、昨日の図ですが、3年前のダウン(下)との違いは体の傾きです。以前は背軸が右に大きく傾いていましたが、3年後は傾きがなくなって、かなり垂直に近いイメージになっています。上の図は背景の木が左に傾いて見えるので、図自体が全体に左に傾いているのですが、それでも体の右傾斜はかなり減っていると考えられます。体の傾きが減ることで、肩のラインも水平に近い傾きに改善しています。

ダウンで体が右に傾くと、クラブが寝てインサイドからまくるように入ってミスになります。それを嫌って体を傾けないように改造したわけです。以前に比べ、なんとしても左には行かせない、という強い意識が感じられます。

多くの人は、ヘッド軌道を変えようとして手先で調整しようとします。しかし、それでは安定しないのですが、解決策がわかりません。青木プロのように体の軸ということに注目することが大切です。スイング中の体は少し右傾斜ですが、右傾斜しすぎないようにすることが大切です。優れた選手は手先でなんとかするのではなく、まず軸というものを大切にします。

それではここでクエスチョンです。青木プロは、どうやって軸の傾きを減らしたでしょうか?スイング不思議発見!

草野「さて、青木プロは体の傾きを減らすことでフックさせないように改造しましたが、一体どうやって体の傾きを減らしたのでしょうか?」
黒柳「それはバックスイングで何かを変えたのか、それともダウンスイングですか?」
草野「ダウンスイングで変えたことをお答えください」
野々村「それはこの図を見ればわかることですか?」
草野「はい、この図をよく見ればわかると思いますよ」
坂東「これ、よく長嶋さんが言ってたやつですよね?長嶋さんがよく「バンッとやれ!バンッだ!」って」
草野「はて、それが何かはわかりませんが・・・それではシンキングタイムスタート!青木プロは体の傾きを抑えることで、フックを修正しましたが、一体どうやって体の傾き過ぎを修正したのでしょうか?というのがクエスチョンです。」
坂東「なんでわからんかなぁ〜・・バンッ、ゆうたらあれに決まっとるがなぁ、ほんばぼ〜」
というわけで、皆さんもご一緒にお考えください・・・

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| コラム | 11:24 | - | - |
世界の青木誕生スイングヒストリー17

ニーオープンインハワイ二日目、午前八時半現在、試合はまだ進行中です。首位はクーチャーが-14、松山選手は-4、今平選手は-8、稲森選手は-3、星野選手は-2、小平選手は+3、その他の選手はプレー中です。

青木プロのスイングは1971年から7年にかけて、フェースを開く方向への改造が見られました。

上と下の図の右の図を比べると、シャッタータイミングが少し違いますが、スイングイメージもなんとなく違うと感じる人が多いでしょう。

果たしていったい何が違うのか?それによって何が変わったのか?一度考えてみましょう。

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| コラム | 08:46 | - | - |
世界の青木誕生スイングヒストリー16

週のトーナメントは、ソニーオープンインハワイ、83年に青木プロがアメリカの試合で日本人として始めて勝ったことで有名な試合です。青木プロはこの年欧州オープンにも勝っており、78年のマッチプレーと合わせて世界3勝目、メジャーでも全米オープンでの死闘が有名ですが、全英でも活躍しており、世界の青木と言われるようになりました。

今週の試合には池田、松山、小平、今平、稲森、星野、あとアマチュアでカナヤという選手が出場します。また、スピースやJT、デシャンボーといった選手、注目のチャンプという選手も出場します。

そんな世界の青木プロのスイングは、1974年当時、まだフッカーから抜け出しておらず、本人によると「計算されたフェードが打てる状態ではなかった」ということです。ということは、この時代はまだダウンでクラブが寝てしまう傾向があったということなのでしょう。

上の図はダウンですが、フェースアングルを見ると、以前よりは開いているとは言え、確かに完全に開いているとは言えないかもしれません。

しかし、シャットフェースでフッカーだった頃からすれば、かなりの進歩であることがわかると思います。

青木プロは、シャットフェースからスクエアフェース(オープン)に改造して、世界の青木になりましたが、それってそんなに大きな差があるの?ちょっとの差じゃないの?と思われる人もいると思います。しかし、それは例えば走高跳で言えば、ベリーロールから背面飛びに変えるくらいの大改造です。全く逆のことをやる、くらいの大きな変化が必要です。だから時間がかかるのです。ベリーロールだってかなり高く飛べますが、世界では通用しません。日本のトッププロが世界で戦うのは、日本でベリーロールで日本一になって意気揚々と世界に行ったら、みんな背面飛びで相手にならなかった、みたいなイメージです。ベリーロールでもかなり高く飛ぶ人は飛べるので、それで満足ならそれでいいし、しかし、更に上を望むなら背面飛びにするしかない、ということになるでしょう。また、ある人のベリーロールは、他の人の背面飛びより高く飛べる、ということはよくあると思いますが、それは個人のポテンシャルの違いであって、世界の頂点を目指すとか、自分の限界を知るという意味では、背面飛びをマスターするしかない、ということです。なぜなら、背面飛びの方が優れているからです。人間の能力を十分に出しきれる飛び方だからです。

なので、シャットフェースでフック打ちで満足するか、もっと上を目指すかというのは、その人次第だし、誰も否定できませんが、ただ、どっちが優れいているかは明確というだけです。よく、今は道具が進化し、重心距離が昔よりも遠いので、トップではシャットフェースにして、フォローではフェースを返さない云々・・・というのは、単に発展途上の人が説明したり、教えたりしいるというだけなので、それはそれでいいのですが、そういうものだということは理解して取り組んだ方がいいでしょう。クラブが長くなれば、重心距離は遠くしなければ同じスイングはできません。今はクラブが長くなったこと、チタンという素材で大きなヘッドが作れるようになり、重心距離が遠くできるようになったというだけです。昔だって、パーシモンでシャフトを長くした人はいましたが、シャフトが重すぎるし重心距離が近すぎるので、使えないクラブだっただというだけ、それが技術の進歩で可能になっただけで、スイングは変わりません。

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| コラム | 08:42 | - | - |
世界の青木誕生スイングヒストリー15

イクバックではフェースがボールを見続けているようなイメージで真っ直ぐ引く、というのは、よくあるレッスンだと思いますが、青木プロの1971年のスイングも、1974年のスイングも、確かにそういうイメージでテイクバックされているようでした。

上の図はトップ付近ですが、フェースの向きを見ると、1971年に比べて開いていることがわかります。本人の解説では、この頃は少し開けるようになったけどまだ不十分だった。ということですが、1971年とは明確に違うと言えるでしょう。

1971年は、トップでのフェースがかなりシャットだったことがわかります。青木プロの解説では、1974年のスイングはスクエアスイングへの過渡期のスイングだったということで、この2年後にスクエアスイングがほぼ完成したのが1976年、それが世界で確信を持てたのが1978年だったということです。いやはや時間がかかりますね。

そして、その後はスイングを変えることなく、年齢による自然な変化はあったと思いますが、スイングはずっと同じということです。つまり、15歳でゴルフを始め、22歳でプロになり、それから14年後の36歳でスイングの完全な完成ということだったわけです。ゴルフ漬けの生活を21年も続けて、やっとゴルフがわかったということになります。

昔、ニック・ファルドは2年の歳月をかけてスイング改造をし、全英で初メジャーに勝ったというのが話題になりました。当時は、2年もかけてスイング改造するって、スイング改造とは時間のかかるものなんだなと誰も思ったもので、そのコーチだったレッド・ヘターは一躍時の人になりました。

しかし、今思うと2年なんていうのは超短期間改造であることは、青木プロの奮闘を見れば納得できると思います。ファルドがなぜ2年という短期間で結果を出せたのかというと、1976年に19歳でプロ入りし、20歳でヨーロピアンツアー初優勝、プロ7年目の83年には年間5勝もするほどの選手に成長し賞金王にもなり、スイング改造を始める1985年までにツアー11勝、全英では7位、4位、8位、6位など、いつ勝ってもおかしくないような実力者だったからです。プロ入り3年目にして全英7位、勝ったニクラウスとの差は4打、1982年の全英では4位、勝ったワトソンとの差はたったの2打でした。

ただ、この頃のファルドに欠けていたのは忍耐で、気が短いことで有名だったのです。ミスをするとカっとなってしまって投げてしまうようなプレーでした。実際、プロ3年目にしてヨーロピアンツアーのメジャーと言えるPGAチャンピオンシップに勝っていますが、その時は7打差のブッチギリ優勝でした。なんか若い頃の青木プロに似ています。その後、いつメジャーに勝ってもおかしくない状況の中、28歳と29歳の二年間でスイング改造し、30歳で初メジャー制覇となったわけです。

青木プロは15歳でゴルフを始めて34歳で開眼しました。ファルドは、もっと早い時期にゴルフを始めたでしょうし、本気でゴルフにのめりこんだのは14歳の時だったので、ガマンのゴルフに開眼したのが28〜9歳であっても不思議ではなく、最もゴルフで実力が出せる30歳でのメジャー初優勝やその後の30代での活躍は、スイング改造の成果というより我慢の成果ではないか?スイングがどうであれ、それくらいの結果はだしていたのではないか?そうだからこそあまりに持ち上げられすぎたヘターと大喧嘩することになったのではないか?など想像されますね。確かに、実際に活躍したファルド自信よりも、ヘターの方がマスコミに取り上げられていたイメージだったし、実際、ヘターはそれでシコタマ稼いだだろうから、ファルドとしては、面白くなかったのでしょうね。ファルドは自分のゴルフスクールを始めることにしたのでした。

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